触って、七瀬。ー青い冬ー
第17章 My Man
「あー、確かコンビニにコーヒー買いに行くって」
「ええっ!?もう、本当に世話が焼けるわね。
…ま、イケメンだから許す許すっ」
先輩はウキウキしながらエレベーターで下へ降りて行った。
ふう、とまた重いため息をついた時声が耳元に届いた。
《もしもしー、聞こえてる?》
「わっ、う、うん」
髪の毛で隠れている耳に挿したイヤホンから、高梨伊織の声が聞こえた。
《大丈夫だったみたいだね、ありがとう。
この借りはちゃんと返すから》
「いえ、元はと言えば私が勝手に盗み聞きなんかしてて…」
《いーよ、そのことは。俺らは敵陣に向かってるから菅野さんはそこで待機しててくれればいいから。
もし何かあったらまた連絡します。じゃあ》
「あ、あの…」
ツー、と通話が切れた。
「首の傷、大丈夫なのかな…」
…
また雨が降っていた。
「はぁ、はぁっ…、はぁ」
ビシャ、ビシャ、とくたびれたスニーカーが淀んだ水たまりに濡れる。
「見つけたぞ!」
「追え!逃すなよ!」
狭いビルの間を縫って、傘を差して歩くまばらな人の肩にぶつかりながら走り抜けた。
細い抜け道を見つけ、そこに体を滑り込ませる。
「はぁ、はぁっ」
「右だ、右に曲がったぞ!」
…先生はもういない。
昨日の夜のこと。
僕達は数日間にわたり例の「レストラン」のビルの客室に寝泊まりしていた。
しかし、すぐに僕らの目撃情報は白塔組、つまり立花薫に渡っていたようだった。
トントン、と金属の扉を叩く音がして
先生が扉の前に立った。
真夜中の3時だった。
「夕紀君、君は窓から逃げなさい。他に逃げ道はないから、決して見つからないようにね。
私はここで彼らを引き止めておく」
「先生、でも相手はどんな武器を持っているかわからないんですよ!
銃だって持っててもおかしくない」
先生はいつものように笑った。
「ここは日本だよ。そう簡単に銃の類を持ち歩けはしないはずだ。それにもし彼らが銃を持っていたって気にすることはない。君の体に傷をつけたら困るのは奴らも同じだからね」
「そうじゃなくて、先生のことを心配して…」
「行きなさい、話は後でじっくりしよう」
先生は僕を抱きかかえて窓を開けた。
「先生!離して!」
「ここを出たら走って逃げるんだよ」