触って、七瀬。ー青い冬ー
第18章 白の孤城
「あいつって…ああ、佐藤って奴か。
その腕時計、本当は直接返したかった。
でも当時はどんな顔して返しに行けばいいのかわからなくて、お前の家の玄関前に置きにいったんだ。
そこにちょうどお前のピアノの先生が来たから、
その人に渡しておいた」
「あ…」
そういえば、葉山先生があの劇場から僕を連れ出してくれた時に腕時計をあそこの係員に渡していた。
「それで…あの時」
《夕紀君》
「…どこで佐藤に渡ったのかは知らないけど、
お前の腕時計だって見たらすぐに分かった」
《夕紀君》
「…」
葉山先生、…はもういない
《夕紀君、逃げよう》
「だからあの腕時計にそんなに拘ってたのね?
お陰でさっさと全員で逃げ出すはずが諸共捕まっちゃったじゃないのよ!」
「じゃああの腕時計を見捨てればよかったのか?
残念だがそれは無理だな!
あれを取り返して七瀬に返さないと、俺は一生後悔したはずだからな」
「知らないわよ!元はといえばそう、全部あんたのせい!あんたが関わったせいでこんなことになったのよ!」
「っんだとてめえ!」
《夕紀君には才能がある》
《ピアノを弾き続けてほしい》
「何よ!文句あるならここから逃げる方法でも教えてくれない!?」
「そんなん俺が知るかよ!」
…ああ、逃げたい。早くどこか遠いところに逃げたい。だけど、逃げたところで僕は多分もう今までのようには生きられない。
だってもう、家族が1人もいなくなってしまったから。
最後の1人だと思っていた先生…
先生はいないのだから。
《七瀬》
「…っ」
突然頭の中に割り込んできたのは高梨伊織だった。
…彼は家族、なのだろうか
いや、そんなはずはない。
たしかに彼は今一番心を許し、もっとも信頼している人間だ。だけど多分、僕は彼と一緒にはいられない。
現に、こんな風に捕まってしまったのは
僕が高梨に関わったからだ。
「そもそもなんで君達、
僕のこと助けにきてくれたの。特に…」
「私?別に。ただ単純に、もう何しても無駄なんだって分かったからよ。伊織はもう私を見てはくれない。本当は分かってたのかもしれないけど、それでも」
「未練がましい女だなあ」
「…そうかもね」
「いや、そこまで素直に肯定されても逆に怖いぞ」