触って、七瀬。ー青い冬ー
第18章 白の孤城
「そんな風に2人を貶めるような事をしないと、
伊織があなたにとられるって。
そんな事をしないといけないくらい…
自分に、自信がなかったの」
千佐都が声を詰まらせながら言った。
「伊織といる時間が長くなる程に、私の自信は削がれていってた。今まで築き上げてきた私の自己肯定感が、砂時計をひっくり返したみたいに崩れて落ちていくの。それでも、崩れ落ちた砂は伊織を好きな気持ちに変わって積もっていくの。だけど伊織はどんどん離れていって、私はどうにか繋ぎとめようとしてた」
部屋の中には腕時計の秒針の音がゆっくりと響いていた。誰も口を開かず、次にこの静寂を破るような何かを待っていた。
それが敵なのか味方なのかも分からずに。
…
頭は殆どその仕事を放棄していた。
体は代わりに、異様な熱を帯びて強い脈を打った。
「そろそろ決まったかな?伊織」
熱い息は頭の中に響く鼓動の音をさらに大きくした。鎖で繋がれた手首の血管も、ドクドクと動いていた。呼吸はさらに荒くなっていく。
「聞こえてるのかなぁー」
立花は楽しそうに伊織の顔を覗き込んだ。
「…お前の思い通りには、ならない…」
「そんな無駄な抵抗はやめてさ、大人しく俺の言うことだけ聞いてくれよ」
白く薄いシャツに伊織の汗が滲んでいた。
「どの道、あんたは自分自身の欲求には逆らえないんだからさ」
濡れたシャツは服に隠されていた筋肉の形を露わにした。こめかみを一筋の汗が流れた。
ここがまるでサウナの中のように感じた。
この薬は、一体いつまで効き続けるのだろうか。
効果は弱まるどころか、だんだん強くなっている。
乾いた喉を潤そうとして口の中の水分を飲み込もうとしたが、唾液の一滴すらもうどこにもなかった。
大きく肩を上下させる伊織に、立花は満足そうに声を上げて笑った。
「なぁ、苦しいだろ?同じように七瀬夕紀も苦しんでいる筈だ。そう思わないかな?」
七瀬夕紀…
その名前に、一瞬だけ体の熱さを忘れた。
「…ほら」
立花は味をしめたように口の端を上げて残酷に微笑した。そして、その手で伊織の目を覆った。
「目を閉じて思い浮かべてみると良い」
真っ暗になった視界、
耳元で諭すような声に思わず耳を傾ける。