触って、七瀬。ー青い冬ー
第18章 白の孤城
「七瀬夕紀の肌はどんな香りがした?」
ドクン、と心臓が脈を打った。
真っ暗な視界、
脳裏にはあの白い肌が浮かんだ。
そして、どこからか抹茶の香りが流れてくる。
「っはぁ…あ」
「あの気だるげな声はどんな風に乱れた?」
伊織
そう呼ぶ七瀬の声が泣いた。
体が震えて、何かが爆発しそうな感覚を覚えた。
「触りたくはないか?七瀬夕紀の体に、今すぐ」
耳元でそう呟いたのは、まるで悪魔の囁きのようだった。
もちろん、と頷いてみてもその願いは叶わない。
それなのに俺の体は、今すぐにその体が欲しいと
涎を垂らして待ち侘びている。
「く…」
この場から飛び出して、その獲物を探し出そうとしようとする体は鎖を引きちぎろうと暴れ出す。
立花は一歩身を引いた。
「ああああああ!離せ!」
そして、その体をさらに煽るような囁きが聞こえてくる。
「もしあんたがそう願うなら、
坊ちゃんを連れてこよう」
欲しい
欲しい
今すぐ七瀬が
あの体が
声が欲しい
今すぐ
早く
ふっ、と笑った声はまた冷たく言葉を放った。
「でも、そんな状態じゃ彼の体も壊しかねない。
あんたを放すことはできないな」
伊織の目はまさに虎が仇に噛みつき殺そうと狙いを定めている、その目のようだった。
立花は余裕の表情でその目を見つめ返した。
「そんなに苦しいなら、放してやってもいい。ただし代わりに七瀬夕紀がここに繋がれることになる。そして彼は晴れてサキの夫となり、ウチの家族になる!
これでウチはしばらく客が絶えない。
サキは七瀬夕紀を見つけ出してきた俺には逆らわないだろうし、七瀬夕紀もこの薬さえあればいずれはこの仕事を好んで引き受けるだろうなあ。
もちろんあんたには大人しくこの国から出て行ってもらおうか?ウチに比べたら、あんたの組は相手にもならない程弱い。潰されるのも時間の問題だ」
小さな、非力な自分が悔しくなった。
確かに銃や薬で人を操る力がある立花に比べ、
自分には金や歌やピアノ、ステージで客を楽しませる才能はあっても、力づくでねじ伏せられた時
反撃できる武力は無かった。
「七瀬の体は、売り物じゃ…ない」
こんな風に、弱い言葉しか持っていなかった。