触って、七瀬。ー青い冬ー
第19章 夢色の雨
ドサ、と音がして振り返ると、ひとりの女子が床に投げ出されていた。
…気づかないうちにぶつかっていたみたいだ。
「ひっ、た、高…」
その女子は俺の顔を見て心底恐ろしいと思ったようだった。
そんなに怖いか、俺が…
手を差し出そうとすると、女子は手で顔を覆って悲鳴をあげた。
「ごっ!ごめんなさい!許してくださいっ!
お願いしますっ!」
「は?何も…」
「おい、そこ!何をしてる!」
げ、と振り返ったところに居たのはこちらを指差して走ってくる教師だった。
「ごめんなさいっ!ごめんなさいいっ!」
女子は未だに謝り続けている。
「あのー…」
「おい、高梨伊織」
俺の名前を呼んだ教師は、完全に俺が加害者だと思っていることだろう。この状況を見れば誰でもそうだ。
「指導室に来なさい」
なるほど、これが冤罪というやつか…
「…はぁ…」
「うっ、ううっ、ごめんなさいっ」
……
「で?そろそろ真実を話したらどうなんだ?」
「だから俺は何も…」
「君がやったのはわかってるんだ」
何だこの安い刑事ドラマの使い古されたセリフのやりとりは…
「そろそろ白状しなさい」
指導室の時計がカチカチと動いていた。
18時50分になる。
「…先生、俺そろそろ帰りたいんです」
「いや、君が認めるまで帰さない」
「…すみません。もう付き合ってられないので」
俺は鞄を持って立ち上がった。
すると、その教師は俺の前に立ちふさがった。
しつこい奴だ…
「君、もしかして本当に僕のこと覚えてないの?」
「…は?」
その教師の顔を見た。
いや、忘れるも何も…
そういえば、この人は教師ではなくて
教育実習中の大学生だった。
それにしても、一体何を言ってるんだこいつは。
「あー、本当に忘れちゃったんだね?
そっかそっか。いやあ、残念だなあ」
その男、八霧 夏樹は銀色の眼鏡を外した。
「僕だよ、
眼鏡でそんなに顔が変わって見えるかな?」
にこ、と笑った時傾げた首元に白いガーゼ。
「あ…あああああっ!
「お、覚えててくれてたんだね!よかったあ」
「…はぁぁああ…」
「まったく、これだけ顔突き合わせても気づかないって、どんだけ人の顔に興味ないんだか!」
そう、確かに俺は他人の顔に興味がない。