触って、七瀬。ー青い冬ー
第19章 夢色の雨
こいつの顔だって、本来ならこうして眼鏡を外したとしても以前会ったとは気づかなかったはずだ。
しかし、こいつの顔は忘れたくても忘れられない理由があった。
……
ある時、滅多に鳴らないスマホが通話の着信を知らせた。
非通知だったが、その時は特に考えもせず電話を取った。
《…はい》
《もしもし。高梨伊織さんですか?》
…誰だ?
《白塔組のとこのボーイさん、ですよね》
《…ああ、はい》
しまった。誰からこの番号が漏れたんだ?
《今夜、お願いできますか?》
《すみません、お兄さん。通話での個人的な交渉は
受け付けてないんですよ。ご指名は指定の場所でお願いします》
指定の場所、とはつまり例の劇場なのだが。
《そうでしたか。すみません、突然電話して迷惑でしたよね。はぁ、せっかくサキに聞いてまで番号手に入れたのになあ》
…サキ?まさか。
《それじゃ、すみませんでした》
《あ、ちょっと待った!》
《はい?》
《わかりました。今夜…そちらにお邪魔させていただきます。交通費込みでざっと…》
《ええ、ええ。はい、いくらでも構いませんよ》
そんなこんなで向かったのは、ある高級ホテルだった。といっても、俺からすればそこそこだったが。
その部屋のチャイムを鳴らした時開いたドアの向こうから顔をのぞかせたのは…女?
しかも、かなり美人だ。
おかしいな、電話では男の声だったはずだ。
そうか、この人が「サキ」か。
それならただの勘違いだったわけか。
なーんだ、無駄足…
「こんばんは」
その美人がにっこりと笑って言った。
「んっ?」
…気のせいか、今、男の…
「電話したヤギリナツキです。
高梨伊織さんですよね?どうぞ」
…間違いない、あの声だ。
なるほど、女装をするタイプだったらしい。
女相手もするし、体が男でも心が女性という人もいて、もちろん体も心も男という人もいて…
今更、格好や性別についてとやかく言いやしないが。
それにしても、こんな美人が男だとは
なかなか信じがたく。
「ほら、何固まってるの?
早く入って相手してほしいな」
彼、彼女は俺の手を取った。
「あ…、はい」
連れ込まれた瞬間、扉に抑えられてキスが始まった。
「っふ…、」
ヤギリナツキは俺の息を止める勢いでキスを求めた。