触って、七瀬。ー青い冬ー
第19章 夢色の雨
「ん、っん…」
俺の息が漏れた。
しかし、ヤギリナツキは余裕のある艶やかな表情で、そして滑らかな指の動きで俺のネクタイを解き、ボタンを外していく。
俺の方が相手のペースに押されるということは今まで一度も無かった。
心の余裕がないままするなんてことも。
まあ、七瀬は別として…
「誰のこと考えてるの?今はお仕事中でしょ?」
キスが止んで、代わりにお叱りを受けた。
その顔もやはり、美しかった。
その首元には大きな薔薇の刺青。
「…はは、流石に美人さんは勘がいいですね」
「営業トークはいいよ。つまんないから。誰?」
「…もう終わったことですよ」
サキ、という名前をきいて飛びついてしまったのは
…何か、まだ抗おうとしているからなんだろう
「ふーん、意外と繊細なんだね。
それじゃ早く泣くとこ見せてほしいな」
「俺が泣く?あり得ませんね」
「へーえ?いいね、気に入った」
にや、と可愛らしく笑った綺麗な顔はやはり
女性そのものだった。
そしてその日、俺は確かに泣かされた。
「も、もう出ない…降りろ!」
「ええ?もう限界?仕方ないね、じゃあ今度はこっちで」
「いや、俺はそっちは」
「何言ってんの?
そんなんじゃボーイは務まらないよ」
「いや、ちょ、ちょっと!あ"あ"あ"あ"っ!いだいいだいいだああああっ!」
「あーっはっはっはっ!」
…
そう、俺を泣かせたあの女だった。
「…いたたた」
「あはは、まさか僕が処女奪えるとは思えなかったよ!」
「…もう二度とやんねえ。帰る!」
あの夜、俺がタクシーで死んだような顔で尻を抑えながら帰らされた屈辱はもう二度と味わいたくない。
その上、七瀬があんな風に乱れる程の快感は全く感じなかった。本当に散々な夜だった。
「ちょっとちょっと、待ってよ。
わかった、もうそっちは勘弁してあげるから。
でもあの泣き顔は可愛かったけど」
「本当に、それ以上その話するなら殴り倒してでも帰りますよ」
「わかった。本題はね、サキのこと」
「…その話が聞きたかったんですよ」
「そうだと思った。本当はね、番号をもらったのはサキじゃなくて香田君なんだ」
香田、という名前がその口から出てきた事に驚いた。