触って、七瀬。ー青い冬ー
第19章 夢色の雨
でもやっぱりそれは苦い水でしかなかったのだ。
苦い…苦い味は、いろんな人を思い出させる。
煙草の香りや冷えすぎたアイスコーヒー。
秋の放課後に日が差し込んだ茶室。
「…抹茶」
抹茶の香り。
「え?」
サキちゃんはお嬢様と呼ばれていた。
その金の出所がどんなに汚くても、
彼女はいつまでも綺麗な女の子だった。
僕はそんなサキちゃんが好きだった。
でもそれは、恋愛とは違うと思っていた。
「抹茶、好き?」
「もちろん!私もお茶立てるのは得意なの」
…違くは…ないのかな。
「じゃあ、今度一緒に」
「うん!楽しみにしてるね」
好きって、なんだろう
恋って、なんだろう
愛って、なんだろう
何のためにあるんだろう
僕が望んだわけでもないのに
命はいつだって理不尽だ
常にそれが最も尊ばれ、
それが与えられることが最も幸福だと
それを喜んで受け取らないことは罪だと
授かった幸福を何故、素直に喜べないのかと
いつもいつも
僕が僕自身に問いかける
「私のこと、好き?」
サキちゃんがそう、不安そうに、悲しそうに聞くたびに僕は
僕を恨むことしかできない
「ごめんね、今のなかった事にして」
そんな風に謝るべきなのは僕の方じゃないのか?
でもどうして、なんのために謝るのか
それはサキちゃんも僕もわからない
愛が、わからない
僕にはわからない
一体いつからこんなに寂しく感じるようになってしまったんだろう
一人でいること、それが当たり前で
友達もいなくて
だけど
だから知らなかった
本当の寂しさを
孤独を
一人でいた頃
視線が怖かった
電車、歩道、廊下、教室
全ての人とすれ違う度俯いた
僕は違う 僕は普通じゃない
人が僕に近寄らないのは僕がおかしいから
きちんと話せないから
《七瀬君って静かだよね》
《そ…かな》
《もっと感情出してみたら?私のことも、クラスの子のことも、家族だと思って話してみたら?》
家族だと思って
《家では普通…自然に話してるんでしょ?》
僕は自然に話せていないのか
《そうだね…頑張ってみるよ。ありがとう…》
なんて、頑張ってできたなら苦労しないのに
いつからか、僕は人前で動けなくなった