触って、七瀬。ー青い冬ー
第4章 仮面の家族
「どうしてだ?」
「…」
葉山、というのは、父の妹の夫で、叔父にあたる人だ。一応、親戚ということになる。
「あそこで働けばピアノを教えられるし、ピアノを弾き続けられる。これ以上お前に合った職場があるか」
僕は歯を食いしばった。
「…葉山さんには会いたくありません」
本当のことは悟られないように。
「何だって?」
「もうピアノは弾きたくありません」
ピアノのレッスンは、高校入学を機にやめた。代わりに勉強を頑張るからといって、ようやくやめさせてもらえた。
ピアノ自体が嫌いだったのではない。
葉山先生と縁を切りたかった。
「ピアノを弾きたくないなんて、一体どうしたんだ」
「…勉強してきます」
僕は席を立って、階段を駆け上がった。
父は僕を呼んだみたいだったが、
聞こえないことにした。
全ての始まりは、ピアノを習い始めたことにあるのかもしれない。
僕の人生を狂わせたのは、葉山先生だ。
それを今どれだけ悔やんでも、消し去れることではない。
僕は部屋の扉の鍵を閉めた。
僕の部屋は広かった。
窮屈だと感じたことはないし、
家に対して不満を持ったことはなかった。
《お前に恋をする資格はない》
僕はブレザーを脱いだ。
シャツを脱ぐと、腕には包帯が巻かれていた。高梨の手を思い出した。
悪い癖だ。
高梨を毎晩思い出す。
あの白くて冷たい手を。
高梨は今や、僕の唯一の味方のようだった。高梨以外に心を開ける人はいない。
そんな高梨は今日、僕に触れて、
そして突き放した。
《ごめん》
あんな風に謝ったのは、どうしてだろう。
僕はたしかに嫌だといった。
でも、高梨があんな風に謝るなんて思ってなかった。
【謝って何がしたいんだよ】
香田に言った事を思い出した。
高梨と香田は違う。
正反対だ。
それでも香田の記憶を重ねてしまった。
大丈夫。高梨を信じていい。
大丈夫。
スマホが鳴った。
非通知だった。
出るべきか、出ないべきか。
「もしもし」
「明日の放課後、駅前で会えないか」
かけ間違いだろうと思った。
「…どちら様ですか」
「絶対に一人で来いよ」
「あの、」
「高梨にも言うな」
プツ、と通話が切れた。
…間違いじゃない。
僕はまた面倒に巻き込まれそうだ。