触って、七瀬。ー青い冬ー
第19章 夢色の雨
桃屋は横に流して整えてあった前髪を掻き上げた
せっかく綺麗にしてあったのに、と思いつつ
乱れたその髪の下の層の毛先にピンク色が見えた
見間違いかと思ったが
…見えない部分だけ、染めてある
まるでこの男そのものを表しているような髪だ
「私からも一つお聞きしたいことが」
桃屋は一体、何者なんだろうか
その無表情からは何も読み取れない
人間とは思えないほどで、やはり怖い
「これ以上、
何も情報を渡すつもりはないですけど」
桃屋は構わず聞いた。
「タカナシ様、とは一体どなたでしょう」
タカナシって、高梨…?
「…は?」
なんでその名前が。
え、そこまでもう知ってるのかこいつ
怖い怖い怖い…
「あなたのお知り合いの方でしょうか。
昨晩も今晩も、何度もあなたからお名前をお聞きしたので」
ん?昨日今日、僕から…?
「えっと、何の話か…」
「ああ、お忘れですか?それなら」
桃屋がまたスマホを取り出した。
「ちょ、何ですか?やめてください撮らないで!」
「違います、見てください」
ざー、という空気の音と、
乱れる画面、暗い部屋、ベッド、…僕。
《たかな、し、ああっ、あ》
高梨の名前を何度も呼んでいる
…これは、自分か
記憶に、ございません
「これを見てもまだ何も思い出しませんか?」
「えー、と、まず聞きたいんですけど、
桃屋、さん、はいつこれを撮ったんですか」
嫌な汗が出てくる。
これだから夏は嫌なんだ…
「昨日の夜とつい先程です。
どちらもこの部屋で、このベッドで、
あなたが液体に混ざった粉末を飲んだ後です」
気のせいかと思っていたが、
昨日の夜も今日も高梨の夢を見ていた。
夢というのはぼんやりとしたものであって、
起きた直後は覚えていても1分もするかしないかのうちに消え始め、まあその日のうちに完全に記憶が飛んでしまう
だからその、高梨の夢も
ぼんやりとしたまま消えていったのだが
ん?
「つまり、夢じゃなかった…
けど、相手は高梨じゃなかった…」
粉末、というと…そこもぼんやりしている
「幻覚、幻聴、その他諸々が起こりえますから。あなたが私との行為を夢だと思っていて、相手を勘違いしていたとしても無理はありません。というよりよくあることです。やはりあの媚薬はあなたには強すぎたようですね」