テキストサイズ

触って、七瀬。ー青い冬ー

第19章 夢色の雨



「…はあ」

重いため息は意図せずとも漏れてくる
心が重ければ重いほど、その音は反比例して
小さくなるようだ

「またか」

夫はいつもスマートフォンの画面に向き合っていた

「ええ。例の雑誌の件。また遠い親戚だって名乗られたわ。もうどこからどこまでが嘘で本当なのかわからなくなってきた」


最近、うちの子供が雑誌の表紙に載った。

もちろんそれがネットニュースになって、
SNS上でその表紙の写真が拡散されて
《七瀬夕紀》という名前が世間に知れ渡るまで

その渦が自分を巻き込むまでは
まったく、文字通り知る由もなかった

どうして、なぜ
なんて聞いても、世間は逆に聞き返してくる

「なんであの子、こんなことになってるの?
あなた本当に何も知らないの?」

自分の子供が、知らない世界を一人歩きし始めている。こんなに恐ろしいことが他にあるだろうか。

葉山秋人とも連絡が途絶えていて、今どこで暮らしているのかもわからなかった。

「知るわけないだろ…朝日が知らないことを」

「…それもそうね」

夫は何につけても子供に無関心だった。

子供のことは気にかけているフリをして、
結局は自分の理想をおしつけて

自分にできなかったことを
子供に身代わりになって
分身として夢を叶えて欲しいとでも思っていたのだ。


かく言う私も、完璧な母親にはなれなかった。
もちろん完璧でなければいけないと思っていたわけではなく、ただ…

自分の母親にされたようなことを
自分の子にはしないであげようと
ずっと決めていたのに
気がついたら自分の母親と同じように
あっけなく遺伝子に操作されていた


その結果が今だ


子供の秘めた苦しみに触れるのが怖くて
放任主義と、聞こえがいいように
自分の弱さをラッピングして飾った

本当はもっと、話を聞いてあげて
そして時には好きなように好きなことをさせて
大学だとか就職だとか
息苦しくさせることを言わず
海に帰すように
あの子を自由に泳がせてあげたかった


それを怖がって
自分の頭で子供に何が合うのか
子供が何を望むのか考えるのをやめて

小さな水槽に閉じ込めて
狭い世界で

ここが安全だから、と
餌をやって水を変える

ただそれだけで親の仕事をした気になって


たまに、水槽の外を見ながら泳ぐあの子の
心が言葉にならない性格を知りながら

ストーリーメニュー

TOPTOPへ