触って、七瀬。ー青い冬ー
第20章 歪形の愛執
「ほら、来ましたよ」
シャラ、シャラ
鍵が揺れている
階段を降りてくる足音が遠くに響く
「隠れましょうか」
隠れましょうか、というのは質問ではなかった
隠れようとする気配はないし
桃屋は離れない
膝は未だにもどかしく動いている
「…やめっ…」
人差し指を唇に当てられる
「お静かに」
「っ…!」
悔しくも、そういうどこか紳士めいた振る舞いに
体が反応してしまう
誰かに《ご主人様》扱いされたいなんてさらさら思っていなかったはずが、いざこうして使用人という存在に慣れてしまうとその王座にあぐらをかきたくなってしまうものだ。
しかしその紳士は今身の程など関係なく
主人の口を閉じさせていた
「今は命令は聞き入れられませんよ。
今はあなたに仕える義務はありませんから」
従順な下僕とは、無礼者と表裏一体かもしれない
制約、規則、拘束、忠誠心
もしそれらがなければ
相手が自分を優越しないならば
いくらでも不躾な態度をとってみせる
飼い主を見失った犬のごとく
「代わりにゲームでもしましょう。
あなたが声を上げて見つかったらあなたの負け、
あなたが耐え抜いたら私の負け。
負けた方は勝った方の命令を聞く。
どうです」
そう言っている間にも、足音がこの近くを歩き回っている気がする
まず上の階に行ったのか
「…命令って、なんでも」
掠れる声で聴くと
ええ、と自信に満ちた顔が頷く
「…家に帰ったらその罰ゲームは」
「もちろん継続します。勝った方がやめると言った時がやめるときです。どうしますか?今ならまだやめても構いません」
煙突掃除の歌が聞こえる
僕は…なぜ今迷っているんだ?
「あと3秒で」
さん、に、と指が折られる
悪魔が微笑み、僕はその目に魂を奪われる
僕はこの時、人生で一度も自分自身の意志でなにかを決めたことがないと気がついた
「…1」
まるで烙印を押されたような感覚だった
お前は何も決められない
何も
そして決して変わらない
死ぬまで一生選べない
人の言うことだけに従って生きる
そんな呪いにかかっている
「何故、拒否しなかったのですか」
憐れむようなその目があまりに無関心で
そういう冷たさにどこか
温もりを感じていた
何故嫌と言わないのか
僕にはわからないが