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触って、七瀬。ー青い冬ー

第20章 歪形の愛執



空いた扉の向こうに人影が見えた

とても大きな影

黒い

闇のような影

唇の感触を感じながら目を開けた時

その影と目が合った

ズキンと痛む頭の中


「七瀬」



なんで、と声が出る前に
体が動く前に


「た…」


目を合わせた来訪者は、笑った

桃屋は振り向き、開いた扉の前に立つ影を見た

僕は釘の刺さった喉と
石がめり込んだこめかみに悶え

よろけた先についた手は
大きな花瓶を机から薙ぎ払った



鼓膜を破るような鈍い爆発音とともに
花火のように花びらもガラスも散らばって


その花びらと一緒に僕も崩れ落ちた


奇妙で不思議な夢だったのだ

梨の礫だと思われても仕方がなかった、けど



こんな風に誰かを利用したり傷つけたり
自分を使い古すようなことはもう
したくなかったはずなのに

早く家に帰らなきゃ

ひっくり返っていく世界の端で高梨が笑ってる


桃屋はまた無関心な目で倒れゆく僕を見つめている



これもきっと夢なんだ


だから僕は目を閉じて体を重力に委ねた


それにしても、痛いなあ





花火の音が嫌いだった



せっかく綺麗な見た目でも
そんなに煩かったら見ていられない

耳を塞いでもなお耳を劈く爆発音

いい加減慣れればいいのに、と自分でも思ったけど

歳をとるにつれて多少は慣れた気もするんだ

結局どんな痛みも苦しみも、
慣れてしまえばどうってことはない

どんな幸せも快楽も、
慣れてしまえば薄れて廃れていく


そんなものなんだからどうせ、
死ぬまでいろんなものに慣れて

最後には、痛みも快楽も
何も感じなくなってるはず

だから僕達はきっと
人生をつまらなく、起伏のないものにするために
生きてるんだと思う

だけどつまらないのは人生そのものじゃなくて

慣れてしまう僕たちの方


つまらないものなんてどこにもないのに

つまらないと思うようになってしまった僕たちの方


散っていく花火に何も感じなくなっていく

僕たちの方




「…ああ」


ああ、と漏れた自分の声は
まるで沈んでいく夕日を見て
終わりゆく日を惜しんでいるかのような
そんな他愛もないものにも聞こえた

扉の前に立っている長身の男は
笑っていた


「あんたがここの社員さんですか?」

驚いたことに彼は、どこかの高校の制服を着ていた

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