触って、七瀬。ー青い冬ー
第20章 歪形の愛執
「私に何を話しても仕方がありませんよ。
彼が頭痛を訴える度に薬をせがむので、
私はそれを与えるだけですしね。
しかし…」
桃色の飴を取り出して見せる
「この薬はあまり常用に向きません。
見たことがありませんか?」
高梨伊織はまた一歩足を引いた
「まさかそれを…」
「白塔組のものですよ。
効用はご存知の通りです。
そしてもう彼は依存してしまっている。
禁断症状も日に日に悪化して…。
依存から抜け出すにはまず彼の精神の安定が必要ですね。
それまでは徐々に量を減らすように私が調整しますが…
やはり彼の精神が不安定になり、頭痛や体調不良を訴えるのはあなたが原因と考えてもおかしくはないかと」
高梨伊織は七瀬夕紀を見つめた
七瀬夕紀はまだ何も知らない
「もしあなたが彼のことを守りたいと本気で思っているのなら、どうぞお帰りください。
彼に近づかず、彼があなたを忘れるまでは
姿を見せないでください。
それだけで彼は穏やかな生活に戻れます。
この薬からも離れられるでしょう」
高梨伊織は七瀬夕紀に手を伸ばした
きっとこの二人はお互いを求めている
しかし一緒にいる程お互いを苦しめる
そんな関係ならばいっそ切れて仕舞えばいい
七瀬夕紀が高梨伊織の名前を口にする時
苦しそうで痛そうで
それでもなお激しく求めていて
両手首を差し出す指名手配犯のように
逃げ出したい気持ちを抑え込みながら
必死に捕まえてくださいと頼み込む
二つの感情に両手を左右に引かれ
引き裂かれそうになりながら耐え続ける
そんな状態が続いていたら壊れてしまうのに
彼はその痛みも苦しみも快楽と思い込んだ
むしろ
痛みと苦しみを欲しがった
それが彼の行き場のない思いを癒した
「…あんたのことは信じない
七瀬は人前に出るのも写真を撮られるのも大嫌いだ
…だからモデルをやるなんて絶対におかしい」
高梨伊織はそう断言しつつ
探るように私を見た
「だから何ですか?」
「…だけど、あんたの言う通り俺は七瀬に近づいていい人間じゃない。
もしあんたが七瀬を支えられてるなら、七瀬があんたに助けを求めてるなら…最後まで責任持って支えろ。途中で放棄すんな」
「…」
高梨伊織は七瀬夕紀に触れかけた手を引いた
代わりに、飴玉を私に投げた
「何ですかこれは」