触って、七瀬。ー青い冬ー
第20章 歪形の愛執
これで終わりなのかな
始まってもない何かが消えていく
「彼は彼なりに、あなたを大切に思っているはずですよ」
桃屋は冷たい目を雲の向こうのぼやけた月に向けた。
「…ですかね」
だとしても、そんな苦い優しさはいらない
「あなたは、彼のどこが好きだったんですか」
どこが…
好きだったんだろう
「…手」
…
「もうお帰りですか」
高梨伊織は口の端をあげた
「…はい」
余程私のことが嫌いらしい
嫌いな食べ物を無理やり口に入れているような表情だ
「旦那様はあなたが何をしたいのかわからないと、
苦しんでおられるようです」
「俺もわかんねえけど、あんたの言った通り俺は七瀬から身を引いた方がいい」
それは紛れも無い事実だった。
七瀬夕紀が高梨伊織に向ける感情はあまりに重く
そして深い。
その深さゆえ、愛情も憎悪も同じくらい増していき
愛しているからこそ憎い
その矛盾に彼はもがき続ける
愛しているのに離れなければならない
お互いを思うからこそ
「そうですね。彼の心身のために。
あなたの努力のお陰か、最近は症状も落ち着いてきているようです。実際に先ほども、あなたの話をしても体調は悪化しませんでした」
私は決して二人の仲を引き裂こうと図っていたわけではない
「…それは良かった。じゃあ」
「怖くはありませんか」
「…」
「彼に嫌われるのが」
「舐めんな、もうとっくに嫌われてる」
「それに俺は、七瀬に忘れられるくらいなら
あいつが嫌がることをいくらでもして
俺の記憶を死ぬまで焼き付けてやる
もしもあいつが俺を殺したいほど憎んでくれて
四六時中俺のことを考えてくれるならそれがいい
むしろその方が有難い
俺が一番怖いのはあいつの記憶と生活から俺の存在が消えることだ
無関心の領域に置いてかれることだ
そうなるくらいならどんなに嫌われようが
俺のことを考えてくれるように行動する
愛情なんてなくても構わないから
それよりもっと深くて消えない感情が欲しい
愛情の先にあるのが嫌悪と憎悪じゃないかな
あんたが七瀬をどうしたいのか知らねえけど
…だけどその上で俺は七瀬の記憶からできる限り消えてやらないといけないと思ってるよ
七瀬が壊れてなくなったら俺は…」