触って、七瀬。ー青い冬ー
第20章 歪形の愛執
凄まじい勢いでたこ焼きが売れていく
「はいはい、毎度毎度ーっ!」
受付も大忙しでオーダー表に10を書き入れている
「おい三刀屋、大サービスって何だよ」
三刀屋は客に愛想を振りまきながら小声で言う
「知るかよ、お前の得意分野だろ?
好きなだけ遊べよ」
それが貶しているのか褒めているのか…
多分貶してるんだろうが
とにかく、三刀屋の言う通りこういうのが俺の唯一の得意分野であった
「あのっ、10個…」
何をされるかもわからないのに10個買って、
それを見せてきたのは中学生の女子だった
「凄いな、10個も本当に買ってくれたんだ。
ありがとう」
「いっいえっ!」
「ね、それ一個ちょうだい」
はい、と口を開けると
中学生の女の子は一瞬固まった
「あ、ああっ!はいっ!」
しかし、ちっさいなあ
中学生というと当時は随分沢山の事に悩んでいた
なのに、今振り返るとその中の1つも具体的に思い出せなくて
どうしてもその悩みがちっぽけだったように思えてしまうけれど
決してそんな事はなくて
あの時の俺にとってはきっと大きすぎて
抱えきれずに泣いたりボロい家を飛び出したり
お世話になっていた兄に悪態つくこともできずに
ぶつける場所もわからなくて
物にあたったり壁を壊したりした
「あ、あーん」
気づくと口の中に放り投げられたたこ焼き
熱くて口の中に蒸気が噴出している
「あっつ…いけど、うまい」
簡単調理だとはわからないほど
「ですよね、凄く美味しいです!」
中学生の頃に戻ってみたい
大丈夫、一人じゃない
すぐに仲間ができるようになるって
教えてやりたい
…だけど一人も悪いことじゃない
関係が増えれば、その分別れも増えていくから
「ご馳走さま」
微笑む女の子に、何故か俺は少し悲しく感じる
「高梨、詰まってるから早めにな」
三刀屋が耳打ちをすると、
察したのか女の子が切り出す
「また、買いに来ます!」
女の子はきっと、察しが良くて
空気を読むのが上手なんだろう
俺はその子に向かって手を振る
「…ありがとう、また来てね」
彼女が恥ずかしそうに、嬉しそうに笑っているのに
俺はそれに見合うほどの笑顔を返さないでいた
10個分の価値は、俺にあるのかなんて
考えるのも馬鹿らしいのに
…