触って、七瀬。ー青い冬ー
第20章 歪形の愛執
「ちょっと待ってください!」
「行きましょう、時間ですから」
「うわ」
僕は桃屋に押し込まれて、車の後部座席に座らされた
9月のある土曜日
空は曇り、灰色だった
「時間って一体なんなんですか?」
「お忘れですか、今日は文化祭だそうですよ。
朱鷺和学園の」
ぎく、と背中にクギを打たれたような衝撃
「そ…そんなの行かなくていいですから」
桃屋はアクセルを踏んで車を出した
静かなノイズが鳴り出す
「高校の方にはもう行かないのですか?
出席日数が足りなくなりますよ」
高校を卒業しないなんて、考えたこともなかった
けど、実際今はそうなってもおかしくない
もちろん高校は卒業したいと思っているけど
「せっかくお若いんですから、楽しんでみるのも悪くないと思いますよ」
どうしてか、桃屋は僕の高校生活を気にかけているようだ
僕を散々脅して生活も何もかもめちゃくちゃにしようとしたのと同じ人物とは思えない
「楽しくなんかないです。文化祭なんて。
あんなに知らない人が集まってて
年が違う人とも関わらないといけないとか
…気が滅入ります。
ましてや一緒に回る友達すらいないのに
それに、もう僕はきっと前みたいに隠れてはいられないでしょ」
桃屋に脅されてモデルという仕事を始めてから、
生活はさらに息苦しくなった気がする
僕の性格も本音もしらない人々は
僕の顔だけを知っている
それも全国的に
僕には逃げ場がなくなったみたいだった
もしこの先何か、世間の話のネタになるような事件が起こったとしたら
もし僕の過去の経歴がリークされたとしたら
考えるだけでぞっとした
それに、そういう情報を漏らすぞと脅している張本人が桃屋であるわけだし…
「私が一緒に回って援護しますから、
周りの目は気になさらなくて構いません。
最後の文化祭くらい、楽しんでください」
最後最後って
だから一体なんなんだ
「…こんなことを勧める資格はないとわかっていますが、もしあなたが私のせいでそのような行事に行くのを躊躇っているとしたら
それがとても申し訳ないと感じています」
「はあ…」
「私はあなたをただの道具としか思っていませんでした。あなたを陥れたあの当時は。
自分が金を稼ぐための手段としか。