触って、七瀬。ー青い冬ー
第20章 歪形の愛執
「おはよう!」
「お、おはよう」
あの日から、僕はまるで社会復帰した感覚だった
みんなが手を振ってくれて
挨拶をしてくれる
僕は多分、受け入れられたんだろう
「サインして!サイン」
「いいよ」
そんなことを頼まれるのも多くなった
サイン…練習しておけばよかったなあ
と思いつつ、いつもフルネームを楷書で書くだけ
それでも、喜んでもらえた
「やった!ありがとう!頑張ってね」
「うん、こちらこそありがとう」
こんな会話ができるなんて
僕も成長したようだ
根っからの友情ではないかもしれないけど
表面だけでも親しくなれる人は増えた
うん
大いなる成長だ
だけど、ここに成長しないクズがいた
「おはよ、七瀬」
「…」
無視、無視
僕が学校に来るようになってしばらく経つが、
高梨は数々の伝説を毎日更新しているらしかった
教師と性行為
複数人と同時に関係を持つ
校内に交際相手と見られる女性が押しかける
女性関係にまつわる暴力事件
クラブで金を貢がせて借金まみれになった女性がまた押しかける
夜の仕事が諸々の事件を通してバレかける
白塔組の力でなんとかねじ伏せる不祥事
八霧先生との場を選ばない行為
その他…僕への執拗な善意に見せかけた嫌がらせ
「今日も無視?」
今日も、じゃない
永遠にだ
「今日も執事さんの車で来たの?」
「あの人、桃屋さんっていうんだっけ」
「夜も“お世話”してもらってんの?」
「いいな、羨ましいわ。
ウチにも分けてくれない?」
うるさい
睨みつけると、高梨は満足げに笑う
「その人優しくしてくれてんの?
あ、でも七瀬の場合優しくない方が好みか」
心臓の奥の方がぐっと押される
突然、脳裏に17階から見た夜景がよぎった
「七瀬の趣味についてける人っていんの?
俺以外いなくない?ねえ」
趣味…って
全部自己満足だったんだろ、お前の
何もかも全て
今まで僕にしてきた全て
弄ばれたんだ
こんな奴に騙された僕は本物の馬鹿だった
その場から去ろうとして横を通り過ぎると
腕を掴まれる
「はな…!」
ぐい、と乱暴に引かれた腕に引っ張られて
高梨に体が寄せられる
「欲求不満なら相手してあげようか、タダで」