触って、七瀬。ー青い冬ー
第4章 仮面の家族
………
「ただいま」
扉を開けると、何故か電気がついていた。
誰かいるのかな。
仕事から帰ったばかりの父がいるかもしれない。
母は仕事で忙しく、いても早朝、殆ど家にはいない。
「夕紀」
靴を脱いで上がると、父がいた。
「…はい」
また、学校の成績がどうの、つるんでいる友達がどうの、就職がどうの、と口うるさく言うのだろうか。
「今日はお客さんがいらっしゃってる」
父はそう言ったが、僕は気に留めなかった。
「そうですか」
僕は二階に上がろうと階段に足をかけた。
「お前に用があっていらしたんだ」
嫌な予感がした。父がやけに明るい。
「…どのようなご用件ですか」
「いいから、顔を見せなさい」
こんな風に父の機嫌がいい時、大抵僕にとっては都合の悪い話だ。少なくとも、今まで父が喜ぶことで僕も喜んだことは一度もない。
「すみませんが、今日は」
「久しぶり、夕紀君」
ゆっくりとした口調。
父の後ろから顔を出したその人は、僕を見て笑っていた。
僕は息を飲んだ。
手が震えている。
「大きくなったね。まだあの日から2年も経たないのに」
僕はその人だとすぐにわかった。
でも、身体が拒否している。
「お父さんから話は聞いてるよ。
夕紀君の考えも聞いておきたいんだけど、
気持ちを話してくれないかな」
「…何も話すことなんかありません」
「夕紀、失礼な事を言うんじゃない」
父はわかりやすく機嫌を悪くした。
僕は父の機嫌を損ねるのは極力避けていた。でも、この人の前でそんなことは気にしていられなかった。
「いいんですよ。突然来られても困るのはわかります」
「すみませんね。わざわざ来ていただいたのに」
「構いませんよ」
父はよほどこの人が好きみたいだ。
父好みの丁寧な口調で、謙虚で、上品な感じを醸し出している。
「…夕紀君、話は後でもいい。
まず夕食を食べに行かないかい?」
「行ってきなさい。2年も会っていなかったんだから」
「嫌です」
僕ははっきりと言った。
「夕紀、いい加減にしなさい。
先生はお前のためを思って…」
「僕のことは僕が考えます」
「夕紀君」
その人は僕の方へ歩み寄った。