触って、七瀬。ー青い冬ー
第4章 仮面の家族
葉山先生はいつも、ワイシャツの上にジャケットを着ていた。
今日もそうだった。
「先生は、僕はもう大人だと思っているんですか」
僕は大人じゃない。
でも、子供でもない。
「子供じゃないことは確かだよ。
君もそう思っている」
20階まで来た。
レストランはもうすぐそこだ。
「僕は子供だったんでしょうか」
「どういう意味かな」
先生は首を傾げた。
「僕は先生に教えられて、子供が知らなくていいことも知ってしまったんです。
先生に習っていた頃の僕は、子供だったんでしょうか」
僕は嫌な記憶を思い出した。
「子供は子供だ。何を知っていようとね。
君は大人しかったし、物分かりが良かった。それでも、子供だったさ」
エレベーターは止まり、25階で扉が開いた。
「いらっしゃいませ。
お待ちしておりました。
葉山 秋人様、七瀬 夕紀様」
フォーマルな服装をした女性が僕達を出迎えた。
「僕の名前まで…?」
名乗ってもいないのに、向こうはこちらの顔と名前を把握しているらしい。
「ここは一人一人の名前を管理しているんだよ。君も立派なお客様だからね」
先生が言った。
何かその言い方に引っかかった。
「では、こちらへ」
その女性は、僕達を店の奥へと連れて行った。
足元にある微かな照明だけで、周りがよく見えなかった。
ここが本当にレストランなのか、疑いたくなるほどに。
僕はなぜかこの場所に見覚えがある気がした。甘ったるい酒の匂いと、この暗い、長い廊下。
一体どこへ連れて行くつもりなのだろう。
「こちらです」
女性は、僕達を扉の前へ連れてきた。
その扉には、《パーティーホール》
と書かれていた。
「ご入場に際しまして、録音、撮影の一切をお断りしております。
また、店内で発生した全ての事故について当店は一切責任を負いません。
ご了承頂けましたら、
こちらにサインをお願い致します」
女性は笑顔でペンを差し出した。
「先生、ここはどこですか」
僕はこの異様な雰囲気に目眩がした。
一体、どんなレストランが署名を求めてくるのだ。
「僕は帰ります」
僕はきっと、この中に入ってはいけない。
「夕紀君、怖がらなくていい。
君はここに来たことがあるんだ。」
やっぱり、この既視感は気のせいじゃなかった。
僕は嫌な汗をかいていた。