触って、七瀬。ー青い冬ー
第20章 歪形の愛執
間も無く、廊下で倒れていた先生は他の先生によって下へ運ばれていった
同時にやってきたスーツの男達が、その生徒を掴んで外へ連れ出した
「おい、何だよ!誰だよこいつら、おい!離せ!」
彼だけが抵抗し、彼だけが排除された。
高梨を止めようとする先生も二度と現れず、
生徒も黙って携帯電話を差し出した
何が起こっているのか分からず、僕はこれをただ夢だと思って疑わなかった
「で、あんたの持ってるのは?」
みんなはまるで処刑を待つ囚人のように話さなかった
話しているのは高梨だけ
桃屋は首を傾げた
「ええ確かに、彼との性行為を記録したものは持っていますが。それをあなたに差し出す義務はありませんね。武力で私を押さえつけることも、反抗はしませんが賢明な策とは思えません。あなたがどう私を恐喝しようと、私が合図を出した瞬間にあの動画がインターネット上にアップロードされるんですから、あなたの弾圧行為はもはや無意味です」
僕が言われたのと全く同じ言葉だった
この文明の発達をこれほど憎んだことがあったか
画面上のボタン一つで、僕の社会的生命は絶たれる
きっと週刊誌なんかにデマを吹き込むよりも数億倍僕の名誉を傷つける有効な手口だ
「もしあんたがそれを実行したら、代償としてあんたを殺す。それだけの話だ」
殺すって、何を
いくら夢でも、もう少し現実味があってもいいはず
だった。
少なくとも理解できる程度に。
「私を殺す?それは、有難いことですね。
もし誰かが私を殺してくださるなら、
喜んで身を任せるでしょう」
従順な下僕とは、大抵生きる意志を放棄している
それは僕も同じで、桃屋の言ったことに何の違和感も覚えなかった
「つまりあんたは俺に殺されたいってことか?」
桃屋の首は襟に締められる
「敢えてそういう言い方をしようと思えば
そうできなくもありませんが、
特段あなたに殺してもらうのでなければいけないと言ったらそれは確実に語弊がありますね。
あなたに殺されるくらいなら私は自分の手で心臓に杭を打ち込みます」
それは、最大の矛盾を生み出していた
死にたいと言いながらお前に殺されるのは嫌だ
嫌だからそうなるのであれば自分で死ぬ
しかし現状、自分で生きることを選んで生きている
つまり死にたいなんて嘘だと、
その命をもって宣言したのと同然