触って、七瀬。ー青い冬ー
第20章 歪形の愛執
その事実にずっと前から気づいていて、
気づきながらも息を吸う生活に慣れてしまった
「面白い人生だな」
高梨は桃屋を握りつぶしそうな勢いでそう言った後、地面に投げ捨てるように桃屋を離した
「まあそっちの手口はよく分かった。そうやって七瀬を脅してモデルやらせたんだよなあ?
人目に晒されるのが一番嫌いなあいつがモデルなんかやって、どういう突然変異かと思ってた」
高梨は七瀬に目をやったが、七瀬は床にうずくまっていて石のように動かない。顔を伏せて小さくなり、気配を消そうとしている。おそらくこちらの会話などもう聞こえていない。
あいつのことだからついさっき起こった恥晒しの一部始終を思い出して延々泣いて、疲れ切って気を失ったか単に眠ってしまったかだろう
「今のあんたの長ったらしい言葉を綺麗さっぱりまとめて俺が理解したことと言えば、そうだな
あんたが人も自分も騙してだらしなく生きてきたってことぐらいか」
「何とでも言えばいい。誰にも私の苦しみなど分からない」
「わかりたいなんて誰が言った?
わかるつもりもなければわかりたいとも思わねえよあんたみてえなありきたりで分かりきった人間がどう苦しんでようがさ、そういう苦しみだってありふれてて面白味もないだろうよ
実際、俺はあんたに微塵も興味がないから
俺は俺の好きなようにあんたの人生を解釈して
それでお腹いっぱいなんだよ
別にあんたに答え合わせしてもらう義理もねえし
そんなん時間の無駄以外の何者でもない
元から誰かを完璧に理解するなんて無理だろ?
まさかあんたはいつか自分の長所も短所も、
ありのままの自分を愛してくれて認めてくれて理解してくれて、そのままでいい、変わらなくてもいいって言ってくれるような誰かが現れて幸せにしてくれるなんて思っちゃいないよな?
ああ、図星か?だと思ったよ
いいか?人間がありのままでいいわけがないだろ
例えば理性って呼ばれるものが本当にあると思ってる奴に限って情に流されたりするが、
俺が思うに理性なんて存在しない
もし仮に理性と情念が乖離して存在してたとして、
理性が打ち勝って利益を得られるか?
もしあんたが七瀬を目の前にして食うか食わないかと問われた時に、あんたがもし明日死ぬとしたらあんたは食わないか?いやありえない
つまり、理性ってのは状況に左右される不確かなもので絶対的じゃない