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触って、七瀬。ー青い冬ー

第20章 歪形の愛執



占いと同じだ
科学的根拠がないことは自明なのに今もなお
どっかで誰かは必ず信じてる

だけど人間には感情しかないだろ
喜怒哀楽を生むのが脳なら
理性って呼ばれるのも感情の一種で
脳の産物だ

感情が理性を包括してるんだったら
理性は感情と同義だ

俺たちは所詮人間だ
絶対に道を踏み外さない奴はいないから
どんな倫理的な人間も人を殺すことができるし
慣れれば当たり前みたいに大量虐殺も拷問も
習慣と変わらなくなって
人間を人間とも思わなくなるんだ

実際にそういうことを強制された人間は
その目的を正当化さえできれば
従順になってなんでもこなす

あんたの中にも倫理的な人間性ってやつが
多少はあるんだろうよ
凶悪な連続殺人犯にも恋人や配偶者や子供がいるように、一般的な良識も倫理感もあるように

誰だって今すぐ誰かを殺せるし
俺だって今すぐあんたを殺せる

人間は人を殺したいと思うほど憎んだ時、
大抵の場合は踏み止まって相手を生かしておくよな

それが多分理性っていう名前の感情だろ

でも恐ろしいと思わないか?
理性なんていう感情たった一つで人間の命が保たれてるんだから

俺の感情一つであんたの腹を切り裂くこともできて
あんたの感情一つで七瀬の一生を徒にできる

面白いよな、面白いだろ?」

高梨は扉に桃屋を追い詰めて
矢で射るように目を細めた

「私が望んでいるのは彼の人生の崩壊じゃない。
私の人生の幸福だ」

桃屋の首を生暖かい汗が流れた

誰だってそう願うはずだった
俺の人生が幸福じゃないのは俺がそう仕向けたから
だけど俺だって幸福を願っていた

「…彼の体が第一です。一時停戦ということで構いませんか?クラスの皆さんも、もう解放して差し上げなければ」

クラスの男女生徒は、高梨が目を凝らして一人一人の顔を確認する間怯えた表情で目を伏せていた


「全員、今日見たことも聞いたことも口外はしないように。しても殺しはしないが…」


クラスの人気者だった高梨が戻ってきた。
親しみやすくて、昔どこかであったような
懐かしい笑顔を見せて無邪気に言う


「君らがどうなっても俺は責任をとらないよ」


そう言って積み重なったスマートフォンの山から一つをつまみ床へ落とした

鋭いガラスの音がして、その上に重い足が乗って
タバコの火を消すような踏みにじった


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