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触って、七瀬。ー青い冬ー

第21章 湖上の雫



「私は過去に二度、殺されかけました。

一度は今日、あなたが私の首根を掴んで締め上げた時。あれほど死を間近に感じたのは久しぶりでしたね。悪くない。

もう一度は、およそ三年前です。

初めて出版社の記者としてアルバイトに行った時は、ある凶悪殺人事件が起こってから十年という節目の年でした。

当時は連日、テレビの報道番組でもその話題で持ちきりでした。その事件というのも、四人家族のうち父母、長男が寝込みを襲われ刃物で惨殺されていたそうです。しかし当時6歳だった女の子だけは生き残っていました。

その子は犯人に誘拐され、まる一週間監禁されていました。しかし犯人の目を盗んで命懸けで逃げ出し、道端の通行人にすがりついて助けて、と訴えた。
その後少女は保護されました。
しかし犯人が捕まったのはそれから約半年後のことでした。

その犯人が捕まるまでの間、彼女は警察の警護を受けながら親戚の家で怯えながら過ごしていました。

そして十年経ったその年、私は彼女を探し訪ねました。何故かって、このような事件を風化させないためだとか被害者の苦しみを世間に知らせて社会全体の支援を促すとか、そういう大義名分に託けたただの好奇心に決まっているでしょう?

まあそれと、もし彼女を見つけ出したらほんの少し社長からボーナスが出ると聞きつけたもので。

ええ、もちろん見つけ出しました。
そして私は見事取材に漕ぎつけようとしていたのですが、彼女の家を訪ねるとある男性が出てきました。彼女の親戚の一人だったらしいですが、彼が私の顔を見た途端殴りかかってきたのです。

その程度ならまだ殺されかけたとは言いません。
しかし彼は殴られて倒れ込んだ私に覆いかぶさるようにして、ポケットから折りたたみ式の赤い柄のポケットナイフを取り出してきましてね。
まるで凶悪殺人犯のごとく、それを私の顔めがけて振りかざしたんです。

結局私が抵抗して上手いこと逃げ出したんですが、
あれは本当に殺されると思いました。
貴重な経験でしたね。九死に一生とはこういうことを言うのでしょう。

後悔はありませんよ。その後、16歳になっていた生き残りの少女から連絡が来て謝ってくれました。
その上取材も、通話ででしたが引き受けてくださって。

彼女事件後、外へ出るのが恐ろしくて引きこもっていたそうです。



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