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触って、七瀬。ー青い冬ー

第21章 湖上の雫


七瀬は広い車内の後部座席で横になって眠っていた

ミラー越しに見えるジャージ
少し濡れた髪、赤く腫れた目
熱っぽい寝息

こういう生き物がもし本当に犬みたいに
餌さえ与えれば懐いてくれたら

なんて考えるだけ虚しくなるし
犬だって懐く相手は選ぶだろう


「降りないんですか?」

…降りてしまったら、さっきこの野郎に言った言葉が全部無駄になる
だけど、七瀬をどうにかできるわけじゃなくて
連れて行くこともできなくて

それでも離れたくない

もし七瀬が俺を一発殴りたいと思ってるなら
一度殴られてみたい

それで目が覚めるかもしれない

もう干渉するのをやめられるかもしれない


「…モデルの仕事の件ですが」

桃屋が前を向いたまま口を開いた
俺が散々雑誌の仕事をやらせたことを責めたので
それをまだ怒ってると思ったのだろう
その通りではあるが

「彼が最初、嫌がっていたのは事実です。
写真を撮られるのが嫌いだとも言っていました。

しかし彼が嫌いなのは写真を撮られたり見られることじゃない。
批判されることです。

人目が多ければ多い分、賞賛の数も批判の数も増えます。彼は見られること自体よりも、見られることによって生じうる意見に怯えているんですよ。
しかし批判されない人間などいないでしょう。
どれだけ批判されないように生きても、
世界中の全員に認められる生き方などないのですから。

私はあなたに認めてもらおうなどと馬鹿なことは考えもしませんし、誰かが私の仕事を汚れていると批判しても気にしません。それで誰かが傷ついているとしても、私の知ったことじゃない。

だから私は彼を脅して利用することにも何の罪悪感も覚えません。あなたが私をどう責めようと。

しかし彼は違う。

もし彼が本気で幸せを望むなら、
彼はそういう風な生き方を少しずつ学んでいかなければならない。

彼の見た目は素晴らしく美しいけれど、
世界中の全員がそう思うかはわかりません。
当たり前のことですが、人によって好きな体や顔は
違いますから。

全ての意見を彼が受け入れて
もし彼が誰の犬でもなくなったらその時は、
私の負けです。大人しく放してあげます」

上手く逃げられるところだった。

「つまり動画も写真も消すつもりはない、と?」

「お好きに解釈していただいて構いません。では」

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