触って、七瀬。ー青い冬ー
第21章 湖上の雫
すごい、映画の世界みたいだ
白い壁と床は大理石みたいに光ってて
至る所に花の香りが流れている
こんな、着古した制服で来るのが申し訳ない程
埃ひとつ、髪の毛一本も落ちることを許さないような潔癖な空間
真っ白な空間を埋めるのは色とりどりの服だった
寝癖のついた髪を今になってもっときちんと整えてくればよかったと思った
しかし仕方ない
これはまだ数回目の撮影だ
僕も早く慣れなければ
身の丈に合わない華やかな世界に
「おはようございます、よろしくお願いします」
大きい声を出せるようになったのはつい最近
初めて来た時は、挨拶なんてできなかった
大勢のスタッフが忙しく目の前を歩きまわっている
「おはよー」
「朝からお疲れー今日もよろしくな」
「どーもーよろしくー」
「おーよしよし今日もかわいいねー」
社会に出るというのは、とても恐ろしかった
しかも芸能に関われば、その社会とは一気に全国に広がってしまう
だけどここにいるスタッフはみんな、僕を一人のメンバーとして扱ってくれて
若干コミュニケーションに難がある僕でもすぐに受け入れてくれた
「よし、じゃあさっさと髪とメイクやっちゃって」
「あーい」
ヘアメイクさんが手を挙げて僕をメイク室へ誘導する。
「七瀬君入りまーす」
「それ言わなくてよくないですか?」
あはは、と笑った。
「そうかも、平賀さんの癖写っちゃったかな」
この場を指揮しているのは殆どカメラマンの平賀さんだ。
「しかしよかったなあ、平賀さんに気に入ってもらえたらこの先トントンって出世できるからね」
「僕は今くらいのお仕事で十分なんですけどね、
というか精一杯で」
「うっそ、めっちゃ楽しそうに見えるけど」
髪の毛はヘアアイロンで綺麗な束になって
ひょんと跳ねていく
いつもとは違う自分が鏡の中に現れる
こうして見た目を変えてもらえると
ほんの少しだけ自分じゃないみたいに自信がついて
堂々としていられる
「いえ、本当になんとか頑張ってるんです」
「そうなの?お顔もやっていきますねー」
「はい」
目を閉じると、頬や額に柔らかいパッドがぽんぽんと乗せられる
瞼や目元の窪み、輪郭にはさらさらしたブラシ
目の際にアイライン
少し目が大きく見える
「よしできた!じゃあいってらっしゃい」