触って、七瀬。ー青い冬ー
第21章 湖上の雫
用意されたお洒落な服を着て、服もメイクも済ませたら、ハリウッドスターになった気分
普段の弱々しくて臆病で人の視線を避けて生きている自分はどこかに消えてしまう
こうして鎧を纏った僕は、誰の目にも怯えない
何か文句があるなら、正面からかかってこい
そういう強い自分になれる
所詮君達は傍観者、僕はステージの上にいる
今、僕は僕を誇りに思える
どんな欠点も醜さも、個性だと思える
大人しく固まってくれない髪の毛も
少し曲がっている不恰好な足も
左右非対称な二重の幅も
不完全さが自分らしくて好きだと思える
ありえないくらい自分を大切にできる
「今日は一段とかっこいいね」
少し慣れた、カメラの前に立つ瞬間
褒められるのはいつもむず痒くて
でも着飾った自分をきちんと見てくれるのが嬉しい
平賀さんは顔を強張らせた僕を見て笑ってくれた
平賀さんは30代半ばで清潔感のある、
ある意味ではカメラマンらしくない質素な格好の親しみやすい雰囲気の人だ
深い茶色のシャツと
黒っぽいスキニージーンズ
決して飾っていない、落ち着きのある大人だ
「今日の服のポイントは?」
カシャ、ピピピ
何気なく話しかけれている間、
シャッターはいつのまにか切られている
「今日は、トップスの襟が二重になってて可愛いのと、伊達眼鏡のフレームの深緑がかっこいいので」
「あ、ほんとだ、それ凄く似合ってるね。
ちょっと下にずらしてみて、そうそう」
人差し指でフレームを少し下げてみると
カシャ、と光が飛ぶ
「あー、これは良い目だ」
カシャ、ピピピ
振り返ってみたり
視線を横へ流したり
「じゃあ、学級委員みたいな感じで」
背筋をしゃきっと伸ばして
カメラをじっと見据える
カシャ
「はは、本当にいそうだなあ。
じゃあ次は大人な感じ」
大人な感じ?
「例えば、ちょっと見下ろす感じで」
平賀さんは目を細めて顎を少しあげる
なるほど、大人な感じにも色々ありそうだ
カシャ、ピピピ
やっぱり、まだまだ不慣れで指示に完全に応えられるわけじゃない
けれど、もっと色々な人を演じてみたい
「よし!今日は終わりー」
「ありがとうございました!」