触って、七瀬。ー青い冬ー
第21章 湖上の雫
…先生だけだった」
先生が死んでしまった事がとうしてこれほど悲しいのか、当時の僕にはわからなかった
しかし今、ようやくわかったのは
子供という自由と猶予の権化のような立場を失ってしまった消失感と
毛布のように暖かく、
冬の朝にも縋り付いていれば仮初の暖かさに包まれていられるような安心感からの追放
それはまた
手綱を引いていた主人の逃亡であり
社会主義的支配、計画された生活
反知性主義に似た抑圧、制約、指導、監禁に
本来自由を求め脱獄を渇望する野生的思考を失ったモラトリアム人間即ち僕はある種の喜びを覚え
非人道的統制下に置かれることで
自由の刑から逃亡し自由からの逃走を許され
アンガージュマンというある種の義務を放棄し
結果的に得たのは死に至る病、絶望という名の人生の壁であった
《漠然とした不安》などという理由で自殺するのも僕にとって不思議ではない
恐らく不安、神の前で罪を犯す人間の、自由に対する目眩がどれほど恐ろしいものか
この階段から転げ落ちるも、その柵を越え自由落下するも、目の前の男一人を突き落とすも、男二人心中を決め込むも自身の選択に任せられているという不安である
朝起きる、夜眠るという自由への不安である
自分が何故息をするかという選択への不安である
死への存在、つまり死を避けられない人間は死を忘れることでしか平穏を得られない
もしその額に四六時中トリガーに指をかけたままの銃をあて、何かの拍子で誰かにぶつかったとしたら即死という状況で冷静に事物を処理できるか
机に座って勉学に励み下半身に静脈血を溜め込むなどという世界史上最も愚かに見える行為に没頭できるか、答えは否
「何のために死ぬのか、僕にはわからないなんて
言うまでもないことです。でも、何のために生きているのかわからないということはつまり死ぬ意味もわからないということです。生まれてきた意味が決して存在しないように、死ぬ意味は決して存在しないとしか考えられません。もし死ぬ意味が与えられていたとしたら、きっと僕は喜んで生きられただろうに人は生きる意味を探せといい、自分が人生に何を求めるかでなく、人生が自分に何を求めているかを問えと言った。確かにそれは限界状況では生きることが最優先で生きる意味を探すことでしか生命は保てなかったのかもしれません。それが示しているのは人間は死を意識