触って、七瀬。ー青い冬ー
第5章 葉山秋人の背徳
しかしそんな時に、この日事件は起こってしまった。
「夕紀君」
カンカン、とまたドアノッカーを叩いた。
いくら叩いても返事はない。
いつものような、《お帰りください》という返事すらない。
彼はついに、僕をここまで突き放すようになったのか、と、ある意味安堵した。
しかし、私はそのドアノブに手をかけた。
何故だろう。
その時鍵が開いているなんて、知らなかったが、私はドアノブを回した。
ギィ…と、重い扉は開いた。
「…開いてる…」
私は不審に思って玄関に足を踏み入れた。
「夕紀君」
返事はない。
電気も付いていない。
この時間に家にいなかったことはなかったのに…
「せん…せー…」
足元から声がした。
「…夕紀君?そこにいるのか」
私は慌てて電気をつけた。
呂律のまわっていない声は、
私のことを呼んだ。
電気をつけると現れたのは、
廊下に倒れ込んでいる夕紀だった。
「夕紀君、一体どうしたんだ。具合が悪いのか?熱があるんじゃ…」
私はとても驚いた。そして慌てていた。
このまま彼が重大な病にかかってしまったら、私はもう彼に会えなくなると、
そんなことまで考えた。
夕紀の肌は上気していて、桃色に染まっていた。熱い息を吐いていた。
手をその額に当てると、やはり熱かった。
「せんせ…」
夕紀は私を呼んだ。
こんな風に、すがるように私を呼ぶ夕紀は、もう何年も見ていなかった。
幼い頃に戻ったようだった。
夕紀も私も、まだ純粋な関係だと思っていた頃。
「夕紀君、まずベッドに横になろう。
ここじゃあ体が冷えてしまうよ」
私は夕紀を背中に背負い、二階の部屋まで彼を運んだ。
当たり前のことだが、昔より全然重かった。中学生3年生にもなれば、体はもう成長期の真っ盛りにまさに向かおうとしているところだ。
いつのまにこんなに筋肉もついて、男性らしくなったのだろう。今までは中性的で、
体は細かったのに。
「せんせー…水…」
夕紀は熱があるにしては元気に見えた。
私のこともはっきりと認識していた。
「わかった」
水を渡すと、夕紀は起き上がって一気に飲み干した。
そして、またベッドに倒れこんだ。
「せんせー、僕、捕まるかも」
夕紀はぼーっとした声で言った。