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触って、七瀬。ー青い冬ー

第6章 寒空の吸殻



先生はようやく真面目に聴き始めたようだった。

「私のせいで君の人生が狂った…。
君はそれで怒ってるのかい」

葉山先生は両親のお気に入りだった。
上品な振る舞いと、爽やかな笑顔と、
親戚であるという信頼感を理由にして。
だけど先生は上品とも爽やかとも違う。
全く正反対だった。

「そうです。先生のせいです。」

小さい頃、僕は先生が大好きだった。

「僕は純粋でいたかったし、
良い子でいたかったし、」

気づかないふりをしていた。
全部、無邪気な遊びだと思いこんだ。
僕はそれを素直に楽しんでいたかった。

気持ちよかった。
楽しかった。
何も心配いらないんだ。

先生も僕も、楽しい。
それでいい。
でも、どんどん誤魔化せなくなった。

「嫌われたくなかったし、
自分を好きでいたかった。
だけど全部あなたが…」

僕は先生が好きだった。
僕を触っている先生も好きだった。
嫌じゃなかった。

「全部先生のせいです」

でも、嫌だと言わなきゃいけない、
そう思ってしまったから。
嫌じゃない自分がおかしいと思ってしまったから。

「僕は…結局何が言いたかったのか、
わからないです」

先生は笑った。
爽やかな笑顔だった。
その笑顔に何人が騙されただろう。

僕も騙された。

「よく頑張ったんじゃないか」

先生はわかっているのだろうか。

「君の気持ちはよくわかった」

いや、先生は何もわかってない。

「一つ私も、言っておくことがある」

僕は口を閉じた。


「私も義母にされていた。
実の母は死んでしまったんだ。
17になった時だったかな」

僕は先生の告白に喉を詰まらせた。
先生は加害者である前に、被害者だった。

「だから…何なんですか」

「だから、君にはきちんと謝っておかないと…誤解を解いておかないと。
きちんと言っておかないと」

先生は大きく息を吐いた。

先生は僕に歩み寄った。

「私は君をきちんと愛してたよ」

「…嬉しくないです」

「うん。それでもそれだけはわかってほしい。私は愛のない行為に苦しめられたからね」

先生は僕の頭を撫でた。
僕は首を振った。

「愛するって何なんですか。

もう、よくわかりません。

この間、僕をいじめてた奴と会ったら、
僕が好きだったから、って」

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