触って、七瀬。ー青い冬ー
第6章 寒空の吸殻
先生は息を吐いた。
「みんな、馬鹿なんですか。
先生は馬鹿なんですか。
好きなら、愛してるなら、そういえばいいじゃないですか。」
僕はまた腹が立った。
香田の時と同じだ。
でも、先生は香田のような感情を僕に向けているわけじゃない。
恋と愛は違う。
「全部僕を苦しめてるだけなんですよ。
僕はもう愛なんかいらないんです」
先生は目の前にいた。
「もう愛してもらえなくたって構わない」
僕は吐き捨てるように言った。
僕はどれだけ愛されても、幸せになれない。
僕には愛なんてわからない。
高梨への気持ちが愛なら、恋なら、
僕はゲイと言われるのか。
じゃあ、僕は女になればいいのか。
だとしたら、僕は何のために女になるんだろう。
何で男と呼ばれるんだろう。
何でゲイと呼ばれるんだろう。
普通の愛とは違う、と分けられてしまうんだろう。
カテゴリーに収められてしまうんだろう。
僕はただ、人を好きになっただけだったのに。
高梨がいればいいって思っただけだったのに。
「愛したって面倒なだけで、
傷つくだけで、苦しいだけで、
どうせ叶わないし、どうせ報われないし、
愛されようと思って頑張っても、
だんだん虚しくなって、かなしくなって、
でも愛されたくて仕方なくて、
それがもう苦しくて苦しくて、
逃げだして全部終わりにしたいって思いながら、
愛されたいって思ってる自分は馬鹿だってわかってるし、
愛されなくてもいいって嘘だし、
全部嘘だし、
僕、嘘しか言ってないし」
先生は僕を抱きしめた。
「先生、もうやめてください。
僕は先生のおもちゃじゃないんです」
「わかってるよ」
先生は笑ってた。
「先生は何で僕に触ったんですか」
「…ごめん」
「なんでですか。
先生が馬鹿だからですか」
僕は先生を突き放した。
もう終わりだ。
これ以上、僕と先生は一緒に居るべきじゃない。
「そう。私は馬鹿なんだよ、夕紀君」
先生は笑ってた。
「君のピアノが好きだったよ。
間違いなく、今までの生徒で君より上手い奴はいない。君が辞めてから、私はとても寂しい思いをした」
僕は息を吐いた。
「私は馬鹿だから、勘違いしてたんだ」