触って、七瀬。ー青い冬ー
第6章 寒空の吸殻
「君も私を必要としていると」
僕は泣いていた。
何でかわからないけど、泣いた。
僕はとても悲しかった。
先生の笑顔もとても悲しく見えた。
僕は早く帰ろうと思った。
「ありがとうございました、葉山先生」
僕は玄関まで歩いた。
鍵は開いていた。
「夕紀」
先生がよんだから、僕は振り返った。
先生も玄関前に立った。
「これで最後かい?」
先生は聞いた。
「…わかりません」
「最後なら最後と言ってほしいんだ」
「また父が無理に呼ぶんじゃないですか」
「君がもう会わないというなら、もう断るよ」
「…じゃあ、これで最後です」
僕は言った。
もう会っても、何も変わらない。
「わかった」
先生はうなづいた。
先生は背を向けた。
「…先生」
先生は振り向いた。
先生の手は綺麗だった。
僕は先生の手がとても好きだった。
「握手だけ」
僕は手を差し出した。
最後に覚えておきたいと思った。
「…後味が悪いよ」
先生も手を差し出して、僕の手に触れた。
先生の手は暖かかった。
「何でですか」
先生は僕の手を引いた。
「先生」
「君はこれが最後だって言ったよね」
「はい」
「じゃあ、もういくら恨まれても構わない」
先生の手が僕の顎を持ち上げた。
「まっ…」
先生は最後に僕に口づけした。
タバコの匂いがした。
僕に全てを刻むように、先生は僕の口を犯した。
あの夜のようだった。
僕はあの時どうして、先生に頼んだのだろう。
「っは…」
先生のキスはセックスよりも激しかった。
先生を押し返したけれど、先生は僕を離さなかった。先生の指が耳に触れた。
「はぁっ…」
もう僕は、単なる生徒じゃなかった。
葉山秋人。
僕のピアノの先生。
先生が僕に教えたことは、誰にも言えない。
「君は純粋だったよ」
「はぁっ…あ」
キスの合間に、先生は過去を塗りつぶすように囁いた。
「何も知らなかった」
「ん…」
先生はまた、僕の口を塞いだ。
その時、玄関の扉が開いた。