触って、七瀬。ー青い冬ー
第6章 寒空の吸殻
「…」
カンカン
ノッカーの音がする。
母だろうか…
早くしないと…。
カンカンカンカン
早く、早く。
カンカンカンカン
カッターなんかじゃダメだ…
僕は部屋を出た。
目眩がして、カッターを落とした。
「いった…」
カッターの刃が、足の甲をかすめた。
少し血が滲んだ。
でも、もうどうでもよかった。
とにかく今は、切るものが欲しい。
よく切れるものが。
ノッカーの音が止んだ。
帰ったのかな。
そんなはずないけど…
とにかく、探そう。
キッチンに向かった。
料理なんて家政婦以外誰もしないから、キッチンはいやに綺麗だ。
引き出しを探すと、包丁があった。
「これで…切れるか」
僕は馬鹿だと思った。
生まれてきて、これ以上馬鹿な行為はないと思った。
自殺って、馬鹿だなぁ…
でも、僕は馬鹿でもいいから死にたかった。
馬鹿は死ななきゃ治らない。
包丁は、カッターとはまるで違った。
すぐに切れてしまいそうだった。
僕は臆病だから、なかなか思い切れなかった。
手が震えた。
うっすらという切り傷ができても、
全く意味はない。
だれか教えてほしい。
僕は何で生まれてきたのか。
僕はなんで死ななきゃいけないのか。
生まれて来なきゃ、死ななくてよかったのに。
消えてしまいたい。
このまま、どこかへ飛んでいきたい。
翼をください、という歌の意味がわかった気がした。
さぁ、翼を僕に授けてくれ。
そうすれば僕は死ぬ必要はない。
生きる必要もない。
包丁の刃を手首に当てた。
どれだけ痛いのか想像しようとして、
やめた。
「…先生、ごめんなさい」
「七瀬!」
僕を呼ぶ声がした。
視界に飛び込んできたのは、高梨だった。
高梨は僕の手から包丁を奪って、
僕から見えない場所へ投げた。
何かにあたって、ガラスが割れる音がした。
「高梨…なんで…」
僕は、これが夢だと思った。
高梨はもう、僕の世界から消えた人だと思っていた。
これは、夢…か。
高梨は僕を見ると、荒れた息を整えながら、口を一文字にして僕に向かってゆっくりと歩いた。
「…」
高梨は黙って僕の腕を見た。
そして、僕の目を見た。