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触って、七瀬。ー青い冬ー

第1章 七瀬夕紀の感傷



「…それで許してくれるの」

僕は小さく聞いた。

「ああ」

高梨は投げやりに言った。

「…わかったよ」

僕は小さく、深く、息を吐いた。
そして、息を止める。

さぁっという風の音が、窓の外で鳴っていた。

ふっと息を吸った。
両手が鍵盤に吸い寄せられ、
はじめの音を鳴らし始めた。


心地よかった。
そして、僕は解放された気分だった。
僕はピアノの前では正直だった。
それはきっと、高梨にも伝わったはずだ。

もっと悲しく、もっと美しく。

音は雪のように、音もなく降り注ぐ。


上を見上げると、僕は真っ白な世界にいた。

悲しみも喜びもない。

僕は幸せだった。



「…」


僕は鍵盤から指を離し、ペダルから足を外した。

沈黙が続いた。
高梨が何か言うかと思い、座ったまま待っていたが、高梨は何も言わなかった。

僕は少し恥ずかしくなって、何か言おうと振り返ると、高梨と目があった。

「誰がピアノは嫌いだって?」



僕はあの時以来初めて、高梨としっかり目を合わせたような気がした。

彼が転入してきたのは9月、おおよそ2ヶ月ぶりだった。

高梨の目は美しかった。
でも、冷たかった。
彼の目はこんな風に人を見ていたのだろうか。

今まで僕はどれだけ目を合わせていなかったのだろう。

「別に、好きなわけじゃないよ」

僕はそう言ってから、思わず目をそらした。

「また」

高梨はため息をついた。

「じゃあ、教えろよ、今の」

「教えるって」

高梨は、僕の隣に椅子を運んで並べ、そこに座った。

「お前が弾いたのを真似するから」

また隣の席。

僕は旋律をなぞっていった。
それを高梨はそっくり繰り返していく。
何度も繰り返し、一通り曲が終わった。


「少し聞いてもいいかな」

僕はその時、初めて自分から質問をしたと思う。ピアノを隣で弾くだけで僕は心を開けるのだろうか。

「何?」

高梨は僕をみていた。
僕は指をみていた。

「ピアノ、なんで弾いてるの」

僕は服の裾を握りしめた。
こんなこと、なんで聞いたんだろう。
高梨は鍵盤から指を離した。


「…理由なんか…」


高梨は言わなかった。


「お前は?」


「え、僕?」


高梨は妙に真剣な声だった。

とても、変な感じがした。



「…理由、あるんだろ」


「僕はー」





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