触って、七瀬。ー青い冬ー
第7章 二人の記憶
大きな交差点。
高層ビルと、高級そうな店が立ち並ぶ。
「ここ」
高梨は交差点を挟んだ斜向かいのビルを指差した。
「ここって…高梨の家じゃないよね」
高梨は首を傾げて考えた。
「ある意味、そうかも」
「え?」
信号が青に変わって、大勢の人が横断歩道を交差して歩く。
「はぐれんなよ」
高梨が僕の手を引いて前を歩いてくれるので、僕は押しつぶされずに済んだ。
満員電車に乗った時も、高梨は僕を守ってくれたな、と思い出した。
人混みで揉まれながら、なんとか長くて広い道路を渡り終えた。
「こんなの、初めてだよ」
僕は疲れて、渡りきったところで立ち止まった。
「お前ってお坊ちゃんなくせにこういうとこで遊ばないんだな」
高梨はやっと僕が落ち着くのを待ってくれた。おかしな場所で立ち止まっているので、通り過ぎる人が僕達を見ていた。
「お坊ちゃんとか、そんなんじゃないよ」
僕は息を整えた。
人が入り混じって、こんな夜でもまるで昼のように明るい街にはまだ慣れそうにない。
「あの家、あんまり好きじゃない」
僕はそう言って高梨を見た。
「俺は羨ましいけど」
高梨は僕の手をまた取った。
「帰る家があって、仲が良くなくても、親がいるって」
高梨は、そのビルの中に入った。
中は黒とブラウンの二色で色付けられた、
落ち着いた雰囲気だった。
「高梨は…」
「あら、伊織ちゃん?」
僕の声を遮ったその声は、ロビーのカウンターから顔を出した人のものだった。
その人は30代くらいの女性で、真紅のドレスを着ていた。
その女性は高梨の元へ歩み寄って、
高梨とハグをした。
高梨は背を曲げて女性の背に手を回した。
二人はそのまま言葉を交わした。
「久しぶりね。元気だった?
寂しかったわよ。学校変わって、
こっちに全然顔見せてくれないから」
その女性は美人だった。
輝くアクセサリーと、パーティにでも行くかのような服装も、様になっていた。
一体二人はどういう関係なんだろう。
「ごめん。色々忙しかったんだ」
高梨は高校生なのに、制服を着ているのに、その女性とも釣り合うくらい大人に見えた。身長のせいだけじゃない。
「いいのよ、謝らなくたって。
こうやってたまに来てくれるだけでも嬉しい」
二人が抱き合っていると、恋人同士に見えてくる。ひょっとすると、本当に。