触って、七瀬。ー青い冬ー
第7章 二人の記憶
「帰ったらケーキを皆で食べようって言ってさ」
「親父は漁師だったんだ。」
「家に帰ってから何回も窓の外見て、漁船が戻ってこないかってずっと待ってた。
夏で、めちゃくちゃ暑かったけど、窓開けてずっと待ってた」
「俺の夢はパイロットになることだった。
船じゃなくて飛行機。
親父が海にいるから、俺は空がいいかな、って思ってた。飛行機から親父の船が見えたりしたらいいなーとか」
「親父は飛行機なんて危ないからやめろって言ってたな。俺は危ないなんて理由で諦めたくなくて意地はって、絶対パイロットになるって言ってた」
「親父は戻ってこなかった。
その日、誕生日、天気が急変して海が荒れて、沖合で船が激しく揺れたらしい」
「一緒に乗ってた漁師の一人が海に落ちて、親父はその人を助けようとして…」
「馬鹿だよなぁ?飛び込んだって助けられるわけないって分かるだろ普通。
でも親父は何も考えずに飛び込んだんだろうな。それで奇跡的に親父がその人を船上に引っ張り上げて」
「でも親父はその人を船にあげた途端波にさらわれて船から引き離されて、もう泳ぐ力も無くて波もどんどん大きくなって」
「…俺と兄貴と母さんは残されて、
母さんは仕事を見つけなくちゃいけなくなって、兄貴はちょうど高校に入らなきゃ行けなかった。
保険とか補助金とか、もらえる金はいくらあっても足りなくて、兄貴はどうしても公立に入るために朝から晩まで必死で勉強してた。
母さんもパートを掛け持ちしてずっと家を空けてた。」
「俺は二人が頑張ってるのに、小学生で何もできなくて辛かった。家事をするくらいしかできなかった。その時家事を覚えたおかげで一人暮らしは全然辛くなかった」
「母さんはずっと無理してて、本人も無理なのわかってて、なんとか誤魔化して働いてた。でも案の定体壊して家の収入はゼロになって」
「母さんはその時どんな思いだったのかわからない。でも俺たちを愛してくれてた」
「母さんは回復しなかった。
会いに行くたびに痩せていった。
毎回、会ってもごめんね、しか言わなくなって」
「兄貴は公立に受かったけど金がなくて奨学金を借りて、俺は少しでも生活費が浮くように電気とか水とか、節約できるものはなんでも節約して、兄貴は高校行きながらバイトして」