触って、七瀬。ー青い冬ー
第7章 二人の記憶
「母さんは13歳の時亡くなった。
死ぬときも、ごめんね、の一言」
「金が尽きて俺と兄貴が借りてたアパートには住めなくなって、追い出されて行く宛もなくて、拾ってくれたのが麗子さんだった」
エレベーターから降りた。
「俺たちはこのホテルの中の一室を使っていいってことになって、麗子さんが生活費とか学費とか全部出してくれた」
17階には部屋が他より少なかった。
高梨が歩き出し、僕はそれについて行った
高梨は一番手前にあった扉の前で立ち止まった。
【IORI】という金の文字が扉に刻まれていた。
高梨が手のひらを扉の横についた四角い機械にかざした。
ガチャ、と音がして扉が開いた。
「どうぞ」
高梨がホテルマンのように僕を促した。
「…お邪魔…します」
僕は恐る恐る足を踏み入れた。
そこはホテルの一室ではなかった。
「ここ…麗子さんがくれたの?」
家の中は黒一色で、高梨によく似合っていた。オレンジがかった間接照明が、部屋を控えめに照らして、それが夜景をより引き立たせる。
「そう。でもちゃんと金は返すつもりだし、今は借りてるって感じ」
そこはスウィートルームなんて呼び方じゃもったいないくらい広くて、豪華だった。
「麗子さんって一体何者?」
南側の壁一面が窓になっていて、街の夜景がパノラマのように広がる。
「ここのビルのオーナーで、こういう部屋とかテナントとか持ってる人。麗子さんのお店もここに入ってる。他にもビル持ってるらしい」
僕は窓の外の夜景に釘付けになった。
人や自動車が小さな粒になって動いていて、僕はそれを高い所から眺めていた。
僕の知らない世界は、まだ沢山あった。
「なんか…凄いね」
「凄い人だよ本当。無一文のガキにこんなデカイ部屋やらないよな、普通。
麗子さんはとてつもない世話焼きなんだ」
高梨は僕の隣に立って、空を見上げて言った。
「…麗子さんも凄いけど、高梨も凄いよ。
麗子さんにここまでさせたんだから」
高梨はただの高校生じゃない。
僕も、初めて会った時そう思った。
麗子さんがここをあげた理由もわかる気がする。