触って、七瀬。ー青い冬ー
第7章 二人の記憶
その指の先には、グランドピアノが置いてあった。
「あ、コンサート…」
高梨はコンサートに出ると言って、僕に放課後のレッスンを依頼した。
そのレッスンのおかげで僕達は少し距離を縮められた。
「ホストじゃなくて、クラブのステージに出る。ピアノで」
コンサートというのは、その意味だったのか。
「それで…ちゃんと貰えるの?」
ピアニストのような職業の人で、長く続いたり良い収入を得られる人はほんの一握りだ。それこそ、才能がないと、…あったとしても生き残るのは難しい。
「良い時は100万くらいいくかな」
「い…一回で?」
「一回てか、一人」
「一人?」
「お客さんに頼まれたら弾くっていうシステム」
「…じゃあ」
「一晩10人くらいは指名もらうかな」
一晩10人、一人100万…
僕の想像を遥かに超えている。
高梨は本当に凄い。
演奏の上手さだけじゃ人はお金を出そうとは思わない。
人は、高梨の雰囲気や魅力に価値を見出しているのだろう。
「前までは学校帰りに来てやってたんだけど、色々あって朱鷺和学園の方に転入しなくちゃいけなくなってこっちに中々来れなかったから、ここ2、3ヶ月は収入ゼロ。
でももしお前がしばらく休むなら俺もここで働けるし…」
「ちょっと待って、僕は学校に行かなきゃ」
「両親にさえ会えないのに学校には行くのかよ」
父は警察で、母は多分僕を探してて、先生は病院で、僕は…どこへ行けばいいんだろう。
「でも…申し訳ないよ、こんな良い部屋に何もしないで住ませてもらうなんて」
「お前も働けば」
「でも、18歳になったらって
「それはホールの話だろ。ステージに出るなら問題ない」
「ステージに出るって言ったって、僕は何も出来ないよ」
「ピアノ、弾けるだろ」
高梨は僕の目をじっと見て、グラスに口をつけた。
何故だろう。高梨の目を見ていると、何も考えられなくなる。
高梨は僕の目を見つめたまま、グラスを傾けて喉を鳴らした。
そういう仕草が、いちいち色気がある。
僕は気づかないうちに高梨を好きになっていた。いつから?
元々、あんなに毛嫌いしていたのに。
「七瀬?」
「…ピアノ、弾けないよ」
僕がそう言うと、高梨はブレザーを脱いだ。