触って、七瀬。ー青い冬ー
第7章 二人の記憶
高梨は白いシャツを脱いだ。
バスケで鍛えた筋肉が露わになった。
顔が熱くなった。
「今回の件のせいか」
高梨は代わりに黒いシャツを上から羽織った。綺麗な手はベルトにかけられた。
僕は背を向けた。
「…違う、と思うけど」
しばらくピアノは弾いていない。
高梨のレッスンの時に弾いたのも久しぶりだった。
高校に入って葉山先生のレッスンにも行かなくなり、ピアノをやめた。
先生といるのは良くないと思ったし、もう続けても何もならないと思った。
練習も楽しくなかった。
「先生が好きだったのか?」
僕は喉を掴まれたみたいな感覚だった。
突然投げられた質問は、僕に思い出させた。高梨はもう、僕がしたことを知っているのだ。
「好き、とかじゃなかった」
「じゃあ嫌い?」
「嫌いだとずっと思って…思おうとしてた」
「じゃあやっぱり好き?」
僕は首を振った。
僕は先生が好きだった?嫌いだった?
「親、みたいなもんだな」
僕は振り返った。高梨は黒いスーツに着替えて、大人にしかみえなかった。
セクシー、なんて言葉も陳腐に聞こえるほど、高梨の雰囲気に圧倒された。目眩がする。
「喧嘩するし、うざいし、でも親って自分の1番の味方だろ?だから突き放すことも出来ないし、実際、心の底では離れたくないっていう思いがずっとある」
「…そうかも」
「先生はお前の親がわりだったんだな」
《良い子だね》って言って頭を撫でてくれたのは、両親じゃなく、葉山先生だった。
僕を見ていてくれたのは、褒めてくれたのは、葉山先生だった。
「…気づかなかった」
高梨はシャツのボタンを一つ外した。
「でも先生はそれ以上の関係になってしまうような行為をしてしまって、お前は先生とどうすればいいかわかんなくなって」
嫌じゃなかった。でも、いけないことだとわかっていた。だから、嫌だと思おうとした。
「親みたいな存在で、好きも嫌いも境目がわからないから、突き放すのも辛かったんだろ」
心の中の黒い雲がすっと消えていく。
わからなかった問題が、何年もかけてやっと解けたみたいだ。
「…初めて、分かった」
高梨は何でも分かってしまうんだ。
僕はもう高梨の言うことにうなづくしかなかった。
高梨は僕に近づいた。